教会用語解説シリーズ(48)「嗣業(ゆずりの地)」しぎよう

「あなたは、私へのゆずりの地所、また私への杯です。・・・測り綱は、私の好む所に落ちた。まことに、私への、すばらしいゆずりの地だ。」(詩篇十六篇5〜6節)
 「はかりなわ準縄は我がために楽しき地に落ちたり。うべ宜、われ我良きゆずり嗣業を得たるかな。」(文語訳)
 「嗣業」という言葉は、キリスト教用語としてはよく使われますが、詳しい国語の辞書を開いても見当たりません。これは、「神によって与えられた財産、特に土地を指し、次世代へと受け継がせて行くべきもの」を意味します。ユダヤ人にとって、嗣業の地は神聖なもので、他人が買ったり奪ったりできないものでした。ヨシュアの時代、神の恵みと助けによって約束の地へ移住した民には、部族ごとの割当地(嗣業)が与えられました。それは神の祝福の目に見えるしるしでした。
 しかし、霊的な目を開かれたダビデは、時に奪われたり失ったりする地上の目に見える土地や財産が本当の祝福ではなく、神ご自身こそが自分にとって嗣業であると信じ、告白しました。それが冒頭の句です。
 新約の時代になると、天の父なる神からすべての人に、究極の嗣業の地として、神の御子イエスご自身が与えられました。この方を信じた時から、私たちは天にあるすべての霊的祝福を受け、また天の御国を受け継ぐ者とされたのです(エペソ一章)。この恵みをしっかりと握り、また次の世代に受け継がせたいものですね。



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