教会用語解説シリーズ(31) 「召し、召命」めし、しょうめい

 教会内で「召される」と言う表現が使われる場合には、まず第一に地上の生涯を終えて永遠の世界、天の御国に移されることを意味します。「キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っている」(ピリピ三の14)とありますが、天国で神さまから栄冠をいただくまで、真実に信仰生涯を走り抜きたいですね。
 しかし、「召し」という言葉は、一人のクリスチャンの地上生涯全体に関わるものです。神は私たち一人一人を生まれる前からご存じで、摂理の御手をもって教会・聖書・主イエスへとの出会いへと導き、悔い改め、真の神への信仰、十字架のみ救いへと召しておられます。救いの恵みへと至らせるための神の働きを「福音的召命」とも言います。
「神は真実であり、その方のお召しによって、あなたがたは神の御子、私たちの主イエス・キリストとの交わりに入れられました」(Tコリント一の9)。
 また神は、救われた人々を、ご自身の栄光を現すための奉仕の生涯へと召されます。主の御心を確かめながら職業を選びましょう。特に、神のみことばを宣べ伝える者として身を献げる際に、神の側から声をお掛けになることを献身への召命といいます。
「聖霊が、『バルナバとサウロをわたしのために聖別して、わたしが召した任務につかせなさい。』と言われた」(使徒13の2)。 



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