教会用語解説シリーズ(17)「なだめ」


 元々の言葉では、「和らげて、好意を持たせる」または「調停する」等の意味を持つそうです。
 罪は神に対する反逆であり、人は罪を犯した結果、罪を許容できない絶対的に聖い神と分離され、み怒りの対象・滅ぼされるべき存在となりました。しかし、神は聖と矛盾しない愛に満ちたお方であり、その断絶状態を解消するためにご自分の側から行動されます。
 旧約聖書を見ると、人の犯した罪のためのなだめ(和解)がなされるために、神を礼拝する幕屋や神殿の至聖所において、動物の犠牲の血が注がれ続けた事実が記録されています。
 新約聖書においては、神の御子イエス・キリストご自身が、ただ一度、究極の「なだめの供え物」となるために人となられ、罪のない方が罪ある者の身代わりとして十字架上に死なれることによって、罪に対する神のみ怒りをなだめ、神と人との間の和解が成立する道が開かれたという福音が啓示されます。何と、なだめを受けるべき神ご自身が、なだめの供え物を準備して下さったわけです。
「私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛がある。」(Tヨハネ四・10)
すべての罪が赦されるなんて、そんなの虫が良すぎる?、いいえ、御子の犠牲によるなだめの事実の故にその驚くべき不思議が成り立つのです。ハレルヤ!



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