教会用語解説シリーズ(44)「詩篇の『セラ』」

「私は、自分の罪を、あなたに知らせ、私の咎を隠しませんでした。私は申しました。『私のそむきの罪を主に告白しよう。』すると、あなたは私の罪のとがめを赦されました。セラ」詩32:5
 詩篇を読む際に、時々、下の方にカタカナの「セラ」ということばが出てきます。礼拝で交読する際にはこのセラは読みません。「これ、何だろう?」と不思議に思った方も多いことでしょう。
 セラは、詩篇中に71回、そしてハバクク書3章の詩の部分に3回登場する言葉ですが、ハッキリした意味はよく分かっていません。しかし、元々詩篇は曲がつけられ歌い継がれていましたので、音楽用語の一つと考えられています。@フェルマータ(休止符)に該当して、そこで「一旦停止する」との意味を持つと考えられたり、A「上げる」というヘブル語の動詞salalからきた語として、この箇所で歌声・奏楽の調子(キー)を上げる転調のサインではないかとも言われます。
 どちらにしても、すばらしい詩篇(聖書)に対して私たちの持つべき心の姿勢について教えられますね。
 セラ=「一旦停止」だとすれば、そのまま読み流すのではなく、立ち止まって思い巡らし、深く考え、自らに当てはめて黙想し祈るその機会としましょう。
 セラ=「上げる」と考えれば、そこで神への信頼と期待の思いを高め、主を見上げて、高らかに主を賛美するチャンスと捉えましょう。



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