教会用語解説シリーズ(34)「器」うつわ

「だれでも自分自身をきよめて、これらのことを離れるなら、その人は尊いことに使われる器となります。すなわち、聖められたもの、主人にとって有益なもの、あらゆる良いわざに間に合うものとなるのです。」(Uテモテ二・21)
 礼拝の祈りを聞いていると、教会独特の表現として「立てられしおんうつわ御器を貴くお用い下さい」などと祈られているのを聞きます。この場合、器といっても食器やモノを表すのではなく、礼拝の奉仕をする司会者や説教者、すなわち「人」を、神の恵みを取り次いだり運んだりする存在として表現しているわけです。
 聖書中には、「器」という表現が数多く登場します。「戦いの器」「陶器師自身の気に入ったほかの器」「わたしの名を運ぶ、わたしの選びの器」「滅ぼされるべき怒りの器」「あわれみの器」「土の器」「義の器」「尊いことに用いる器」・・・、みな「人」を表しています。
 私たちはみな、本来の作られた目的から遠く離れた状態で打ち捨てられていたような器でしたが、神の愛の目によって見出され、陶器師なる神の御手の中に収められ、あちこちにひびや割れ目があるにもかかわらず、その中に驚くべき宝を宿すようになり、その存在を通して、作り手の栄光を表すものと変えられました。本当に感謝です。ですから、いつでも主に自由に使っていただけるよう明け渡された心で生活しましょう。



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